10.六根清浄

2008/7/16(水)



わたしたちは、眼があるから色々なものが見えてしまう。耳があるから色々なことが聞こえてしまう。
鼻があるから色々なものを嗅いでしまう。舌があるから色々なものを味わってしまう。身があるから
色々なものを触ってしまう。
この五根を後ろで操っているものがあります。それが、意「心」です。五根の欲望に走らせるのは、
この意なのです。
六根は、私たちの生きるバイタリティであると同時に、他人を苦しめたり自分を苦しめたりする源でも
あるのです。


ある住職のお嬢チャンが、人間の眼はどうしてあるのかを尋ねたそうです。
住職は「ものを見るためだ」と答えたといいます。すると娘さんは
「私の眼は無ければよかった」と話したそうです。
それを聞いた住職はびっくりした。あわててその訳を問いただした。
すると娘さんは、「私には欲しい人形がある。だけどお寺が貧乏だから買うことが出来ない」
と涙をこぼしていたという。
つまり、人形を見なければ欲しくはならない。だから苦しまなくてよかった、という事です。
それを聞いて住職は、初めて眼が醒めたといいます。なぜなら彼は、芸妓遊びに夢中になり、
妻には逃げられ、借金だらけだったからです。

かつての住職の眼(げん)は、美しい女性を見、耳(に)はその声を聞き、鼻(び)はその香りを嗅ぎ
、舌(ぜつ)はその肉体を味わい、身(しん)は肌の歓喜に酔い、意が心を駆り立てていたのです。

これを見ますと、住職は、女体に迷うことで自ら苦しみ、さらにその行状が、
妻や子供まで苦しめていたのです。

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